呪医の末裔―東アフリカ・オデニョ一族の二十世紀
「呪医の末裔」松田素二(図書館)を読む。面白い。正にケニア版「百年の孤独*1
といっても小説ではなく(もちろん酒でもなく)日本の社会学者によるフィールドワークの成果物である。著者はライフヒストリー(生活の歴史)の手法*2をとっているようだが、もうクラン*3ヒストリーといって良いかもしれない。一族(クラン)の歴史を聞き取り調査して、まずミクロでリアルなアフリカを我々に伝え、解説としてその時の社会情勢や歴史的経緯を加え 俯瞰的なわかりやすさを得ている。
ガルシア・マルケスの「百年の孤独」はマジック・リアリズムと評されたが、本書「呪医の末裔」では本当のリアルとマジックを書いている。両者に共通するのは"読者を惑わせるほどの遠い異世界"がベースである、という事。その遠さを実感させる細かい情報が読者に用意されてる、という事だ。
百年の孤独」は創作ゆえに色々な事件が起きたが、本書ではケニア特有の"歴史の早回し"が著者に有利に作用していると邪推した。19世紀末から21世紀までの歴史を聞き取りしてるのだが、ケニアの植民地化が始まったのがその辺りで、ギリギリ「その時のわしらの一族の誰々は何々で〜」と固有名詞とライフヒストリーを語ることができる。停滞した歴史というものがなく、世代ごとに特徴が変わり記述しやすい。白人家庭でサーバント(使用人)として働いたら女主人に理不尽に鞭で打たれた話が1950年代なのも意外な現在との近さで臨場感がある。人気職種が独立後の1960年代〜70年代は公務員、80年代は外資系、90年代以降は国際NGOや援助機関とクルクル変わるのも猛スピードで現在に肉薄してて、ちょっと眩暈を覚えるほどだ。ちなみにそれ以前はサーバントも人気だった。作業が楽だから。
呪医の祖先から始まり、最後はカルト宗教*4で筆を置くのも なんだかまとまっている。
なお、聞き取り調査をしたのがケニア内の主たる部族の人ではないので、一般的なケニアの歴史を知りたいと思って本書を読むと足りなかったり過剰だったりするかも。
メモ マジマジ蜂起*5 マウマウ戦争 KAR*6 モイ大統領*7 世界銀行の「構造調整」によるインフレ
感想リンク たんなるエスノグラファーの日記さん 俺は自虐派さん

*1:ちなみに日本版「百年の孤独」は桜庭一樹の「赤朽葉家の伝説」だろうか。こっちは小説。

*2:政治学者の御厨貴が提唱するオーラル・ヒストリーとは手法として何か関連あったりするのかな。

*3:本書ではクランの語は使われていない。

*4:著者はカルト宗教というより、西洋キリスト教に踊りや派手な原色など取り入れた「アフリカ独立教会」の流れだと記述しているが、教義的にカルトだと思う。セックスを穢れと否定して、教団以外の人とは目も合わせないとか、両親の料理を食べないとか。

*5:呪術師が蜂起の原動力との事。呪薬を塗れば弾に当たらないという呪術師の言により白人側に深刻なトラウマが起こるほど大量に黒人が殺戮された。

*6:キングズ・アフリカン・ライフル。ビルマ戦線で戦ったKAR内の噂。「日本軍は自分たちの命が危ないという時以外はアフリカ人を撃たない」「彼らは殺せるチャンスがあってもアフリカ人を見逃す」。

*7:"アフリカ政治学教授"と二つ名を持つ老練な政治家