適材適所誘拐団

私の声は受話器をにぎる手と同じく、少し震えていた。
「分かった。どうにかして集めよう。約束するよ」
「利口だ。本当に利口だよ。あんた」
相手の男の声は若いくせに落ちついていて、薄笑いさえ浮かべているようだった。犯罪者として年季が入っているわけではなく、きっとゲームでも楽しんでいる気になっているのだろう。
「それで息子は どうなんだ。おい、息子を出してくれ。そこにいるんだろ……頼むよ、おい」
「ああ、ああ、もちろん、いいともさ」
一瞬、若い男の声からなめらかさが消えたような気がしたが、もちろん私の勘繰りすぎであろう。向こうの受話器から気配が消え、私は時を待った。が、息子の声は聞こえてこなかった。かわりに、なにか唸るような声がどこか遠くから聞こえてきた。私は反射的に耳を澄ました。その声は単調で、どこか眠りを誘うような響きを持っていた。そのうち、ぎりぎり聞こえるか聞こえないかの範囲であの若い男の遠い声が聞こえてきた。
(なにをやって………今が………出番じゃ……)
すると、今までのBGMだった唸り声が急にとぎれ、唸り声の主らしい男が ささやくでもなし、つぶやいた。
(できません)
「な、なんだと」
受話器と離れた所からでも はっきりその声は聞こえた。若い男は狂気にも似た怒りがとりついたようだった。私といえば震えと汗で、立ち続けていることすら苦痛だった。
「なんのために、お前を青森から連れてきてやったと思ってるんだ。山に埋もれさせてやってもよかったんだぞ」
耐え切れない。私は あえぐように声を出した。
「おい……おい……おい……」
遠い声がした。途方に暮れたような声だった。
(霊媒の仕事はデリケートだから…)
誰かの怒鳴る声がした。物の倒れる音がした。私は汗をかいていた。壁にかかっているカレンダーは9月を表していた。
私は夢を見ているのかもしれない。そんな考えが浮かび始めた。 *1

*1:読了どうも。でもアレって全員女性だよな。今思うと。