月面に立った男―ある宇宙飛行士の回想
「月面に立った男」ジーン・サーナン(図書館)を読む。面白い。
宇宙ものの良書、というかベスト。1冊しか読まないとしたら本書だけ読むべきだろう。飛鳥新社えらい。
現在最後の月探査有人ミッション、アポロ17号の船長が著者。パイロットとして驚くほど正直にアメリカの宇宙開発状況を伝えている。当時の宇宙飛行士はモテモテでドアを開けたら常に美人が勝手に入ってきた(誇張的表現) とか、ソ連の宇宙開発事故に対して公式には哀悼の意を示しながら内心ガッツポーズしてたとか*1、乗組員に科学者が加わることについてパイロット出身は好意的ではなかった*2とか。
全体的なザックリした感想は、かなりアメリカの宇宙開発も際どいというか危うい橋渡ってんだなー、と。特に「60年代での月面有人着陸」というケネディの約束を果たす為に60年代後半は駆け足状態っぽい。アポロ1号の事故が1967年で、わずか2年後に月面着陸達成。恐ろしい速度だ。この頃の宇宙開発競争はベトナム戦争への国民の目を逸らし、「アメリカの栄光」を信じさせたい政府の思惑があったのかもしれない。
アメリカでの宇宙飛行士は「オリジナルセブン(最初の7人)」「ネクストナイン(次の9人)」と募集され、ネクストナインの募集条件は
・35才以下
・物理学・生物学・あるいは工学系の学士号以上
・テストパイロットの経験がある等。
著者は3次の募集。
↓著者最初の宇宙体験の船外活動。ジェミニ9号。

境界線のない世界を想像していただきたい。壁のない部屋。人間の想像力のように深く、底の知れない空っぽの井戸。私はそんなところにいた。

地球に還り、着水して、足元が水浸しになっている事に気付き、「船体に穴があいている」と誤解してパニックに。実際は船内の給水管からの漏水だった。
アポロ1号の事故で当然議会の調査・追及が行われたのだが、フランク・ボーマン宇宙飛行士は議会で「"魔女狩りを止めて"早く我々を仕事に戻すよう」求めたとの事。日本でも何か事故が起きた後に宇宙飛行士がこれくらい主張できないと駄目なんだろうな、と羨望。
以下はカナダ空軍所属で高度の記録を達成したテストパイロット、ジョン・ギリスピー・マックギー・ジュニアの詩「ハイフライト」。著者が好き。

地上の束縛を離れ、
銀色の笑みを浮かべた翼に乗って、空に舞い上がった
太陽に向かって昇り、陽光にちぎられた雲の欠片と戯れ
いろいろなことをした
人が夢にも思わなかったことを…
旋回し、上昇し、弧を描いた
陽光のきらめく高みの静けさのなかで、宙に浮かび
叫ぶ風を追いかけ、愛機は果てしない空を飛びまわった…
高く、高く、どこまでも続く、真っ青に燃えさかる世界の
風の吹きすさぶ高みに軽々と昇った
そこは ひばりも鷲さえも飛んだことのない…
そして、澄んだ、晴れやかな心で
人が足を踏み入れたことのない高みの
宇宙の聖域に入って
手を差し伸べると、神の顔に触れた

最後にアポロ計画を振り返り、21世紀の10年を無理矢理20世紀にハメ込んだようだと述懐してる。

論理的に考えれば、宇宙計画はマーキュリー計画ジェミニ計画が終了した後、スペースシャトルの製造へと進み、つぎに宇宙ステーションを作って、それから月を目指すべきだったろう。

あれか。好きなものを最初に食べるか後に食べるか的なやつか。
感想リンク 松浦晋也(ノンフィクション・ライター) Today's Moonさん

*1:その後、ソ連宇宙飛行士と人的交流が始まり、お互い尊敬の念を抱いたそうだが、60年代は代理戦争の感が強い読後印象。

*2:著者は実際に科学者を宇宙に連れていき、そのNASAの方針は正しかった事を認めるが。