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女房が宇宙を飛んだ ASIN:4062566869
「女房が宇宙を飛んだ」向井万起男(図書館)を読む。面白い。
著者の妻、向井千秋のフライトを巡る実録*1。行って帰ってきた記。宇宙ものとして、かなりの名著ではないだろうか。英訳されたのかどうか気になった。古本屋で文庫を見かけたら買うとしよう。
医者で宇宙オタク、おまけに文が立って固苦しい立場も背負ってないという彼の資質は宇宙本の書き手として、これ以上の逸材は現れない気さえする。スペースシャトル当時の話なので少し知識が古いかもしれないが、基本として読んでおいて損は無いだろう。
小説のように描かれた聞き書き向井千秋パート*2と頁の大部分を占めている自分パートで構成されている。ただ帰りを待つ日々なのだが、細々とした事が面白い。NASAって、宇宙飛行士ってこういうものかという日常感覚的実像を掴むことができる。
無重力は全身の血液を上半身に多く流させる。血圧を感知する部位は首のあたりにあり、無重力では「血圧が常より高い→血圧を下げねば」と血液の量が減って寒気を感じるようになる。*3
・TEMPUS(電磁浮遊無容器処理装置)。無重力で金属球を浮かせる箱。浮いたままにする為に電磁波で固定する。融解したり結晶化する場合、地上では容器と金属の接触面から変化が起こり、その金属本来の性質を観察するのが難しいが、無重力下ではTEMPUSを使って様々な実験が可能。温度を上げて液体にして、下げて再び固体にさせる実験をTEMPUSですると、地球上では固体になる温度でもまだ液体の状態を保つという過冷却現象が起こる。
・NIZEMI(重力可変式生物実験装置)。箱の中で重力を調節できる。OG下で遠心力を利用。
0Gでは植物の根の発育方向が定まらなくなる。一体何Gなら根がきちんと伸びてくれるのか、地上と同じ1Gが必要なのか、その中間で良いのかを実験できる。
・宇宙から地球に帰ると起立性低血圧になりやすい。宇宙にいる間は ただでさえ血液が少なくなっている上に、地上に戻って下半身に血液が集中し、上半身が一気に血液不足となるからである。対策として、宇宙飛行士は帰還直前に塩水を1リットル飲んでいる。
・天井の上に立っても最初の違和感を過ぎれば床の上に立つのと同じ感覚になるが、壁の上に立つと「壁を床」と認識できずに「自分が壁から突き出ている」という感覚が抜けないとのこと。
向井千秋がこの本でのフライトを終えると女性宇宙飛行士の宇宙滞在最長記録の保持者となった。若田光一宇宙飛行士がISSに滞在するまでは向井千秋が日本での最長滞在記録*4を持っていたのは知っていたけど、女性全体のレコードも得ていたのか。ミールには女性乗らなかったんだな。
・昔のアメリカは随分騒がれたらしいけど今は全然だ、と向井千秋を羨ましがる米の宇宙飛行士。
向井千秋は帰還後、地球の重力が面白くて仕方なく、手を放しては落ちる様を何度も繰り返し見ていた。スーパーで何度もハンドバッグを床に落として周囲から奇異に見られる。帰還4日後に感覚が消え「私の体は、もう、重力を全く感じなくなってしまった」と喪失を悲しんだ。
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*1:実はリアルタイム時、報道をスルーしていた。「宙がえり 何度もできる 無重力 そうとうやばいぞ お前の夫」という短歌があったそうだが、動いてる向井万起男を見た事ないんだよな。

*2:"千秋"ではなく"女房"という変わった3人称だが

*3:この血圧調整機能は無重力下に長い間いると働かなくなってなってしまうのではないかとも言われている

*4:現在は野口聡一宇宙飛行士が最長。