「ナルキッソス」

前回感想(「ナルキ1」リプレイ)
何回目の感想だ、と思うだろうが最後。多分最後。
ハッピーエンドというか脳内トゥルーエンドについて。
(「ナルキ1」「ナルキ2」「エピローグ」全編の著しいネタバレ含みます)
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ヒロイン→主人公がラブラブというのは俺の中では確定。主人公がどう思っていたかはわからないところなんだ。
先のないヒロインが自分からは好きと言わない『ルール』を課す。自分はエコー。ナルシスから先に好きといわない限り自分から好きと返さない誓い。
ラストは自殺するヒロインの直前の問い。「私を止める?」
でも、主人公は「止めて欲しい?」と問い返す。こだまのように。エコーのように。
ヒロインを好きなら、今失いたくないなら、後先考えずに止めればいいんだ。ナルシスのように。パトラッシュのように。
「一緒に死ぬ」ってのは「一緒に生きる」ことなんだから。
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いや、わかってる。妄想だ。主人公がヒロインをどう思っていたか今でも読めない。というか「命を共にする」とか幻想に逃げない事にこのゲームの真骨頂がある。
でも、「ナルキ1」の最後の問いかけや「ナルキ2」の3択とか、プレーヤーに下駄を預けた質問がかなり多くなかったか。それはプレーヤー自身が問われていているのでは。メタに。
ヒロインが魅力的と「キャラ=主人公」が思ってシナリオの行動をするのではなく、プレーヤー自身がヒロインが魅力的と思って、脳内で勝手に妄想して「ナルキッソス」は完結する、そういうつくりのゲームなのではないか。
「エピソード」で主人公から千尋(健康体)の呼びかけは「君」となっている。不自然な呼びかけ。過日言及したように「君」=千尋=プレーヤーであり、二重の意味を含ませた一連の台詞まわしであると解釈してる。バトンはプレーヤー自身に渡される。託されている。このメタの手法は そのまま「ナルキ1」のラストの「自殺する私を止める?」の問いかけでも適用されているのでは?という脳内トゥルーエンドでした。
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以上「この解釈でも面白いのでは」という一つの考え方でした。「恋愛を下手に絡めると台無しになる」というのも そうかなって同意します。ただ
「ナルシス」であると同時に「パトラッシュ」そしてハッピーエンド
という薔薇色妄想展開が頭の中で一直線に開いたもので。
「ナルキ3」